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浦添ようどれ
浦添ようどれ
浦添ようどれは、浦添グスクの北側崖下にある琉球王国初期の王陵で、咸淳年間(1265-1274年)に英祖王が築いたといわれています。その後、1620年に、浦添出身の尚寧(しょうねい)王が改修し、王自身もここに葬られました。岸壁に横穴を掘り墓室とし、中には中国産の石で作られた石厨子があります。向かって右側が英祖王、左側が尚寧王の墓といわれています。「ようどれ」とは琉球語の夕凪です。
所在地:沖縄県浦添市仲間2地図
写真は暗しん御門。
石文より
暗(くら)しん御門(うじょう)
 暗しん御門は、加工した岩盤と石積みでできたトンネル状の通路のことです。薄暗くひんやりとしていて、地下通路をとおって「あの世」に行くような雰囲気でしたが、沖縄戦で天井の岩盤は崩れてしまいました。
浦添ようどれ
二番庭。
浦添ようどれ
写真奥は尚寧王の墓。
浦添ようどれ
英祖王の墓。
浦添ようどれ
浦添市、宜野湾市方向の景色。