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斎場御嶽
斎場御嶽
世界遺産の斎場御嶽(せーふぁーうたき)。
碑文より
2000年12月、斎場御嶽は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」のひとつとして、ユネスコの「世界遺産条約」に基づく世界遺産リストに登録されました。
 全世界の人々のために保護すべき遺産として、特に優れて普遍的な価値のあるものが、このリストに登録されます。
斎場御嶽(せーふぁーうたき)
 「御嶽」とは、奄美諸島から宮古・八重山にいたる南西諸島に広く分布している聖地の総称です。斎場御嶽は、琉球王朝時代に政府が整備した国家的な宗教組織との関連が深い、格式の高い祭祀場でありました。せーふぁ(霊威の高い聖なる場所)の名前が示すように、巨岩や聖樹に囲まれた空間には、首里城内にある部屋名と同じ名前の拝所があり、当時の王府と斎場御嶽の関わりの深さをみることができます。琉球最高神女である聞得大君の、就任儀式「お新下り」の御名付けがこの地で行われたということは、王権を信仰面・精神面から支えていた証でもありましょう。現在でも、聖地巡拝の習慣を残す東御廻り(あがいうまーい)の聖地として、参拝客は後を絶ちません。
■世界遺産登録 2000年12月2日
■国指定 1972年5月15日
■国指定面積 44,643u
斎場御嶽へ行く
所在地:沖縄県南城市知念字久手堅地図
斎場御嶽
御門口(うじょうぐち)。
碑文より
 斎場御嶽の入口で、神社でいえば拝殿にあたる所です。琉球最高の御嶽ゆえに、ここから入場できるのは王府関係者に限られていました。右側には、御嶽内にある六つの配所を示す香炉が置かれ一般の人々はここで御嶽の中に向かって拝みました。
斎場御嶽
大庫理(うふぐーい)。
碑文より
 首里城正殿の二階は大庫理と呼ばれ、祭祀的な機能を持つ格式の高い場所です。聞得大君のお新下り儀式での「お名付け(霊威づけ)」儀礼が、首里城と同じ名前を持つこの場所でとり行われたのは、その名にふさわしいことと言えましょう。前面にある磚(せん)敷きの広間では、神女たちが聞得大君を祝福し琉球王国の繁栄を祈りました。
斎場御嶽
砲弾池。
寄満(ゆいんち)へ行く途中の右手にある池です。沖縄戦時に米軍の大砲が着弾した跡です。
斎場御嶽
寄満(ゆいんち)。
碑文より
 寄満とは首里城内にある建物の名前で、国王のために食事を作る厨房を指します。当時、ここには国内外からの海幸・山幸が集まりました。それが、「豊穣の寄り満つる所」と理解されていったのでしょう。同じ名前を持つ斎場御嶽のこの場所には、第二次世界大戦前まで、その年の吉兆を占う馬の形をした石(うまぐゎーいし)が置かれていました。
斎場御嶽
三角岩。
碑文より
 自然岩や洞窟に囲まれたこの場所には、いくつもの拝所が集まっています。正面に見える三角形の空間の突き当りが三庫理(さんぐーい)、右側がチョウノハナの拝所で、左側からは太平洋と久高島が遠望できます。
 さて、三角岩の右側には、「貴婦人様御休み所」と二本の鍾乳石が見えます。滴り落ちる水はその下に置かれた壺に受けられ、それぞれが中城御殿(国王の世子)と聞得大君の吉兆を占うとともに、お正月の若水とりの儀式にも使われる霊水でした。
斎場御嶽
太平洋と久高島。